2012年1月1日日曜日

11月11日

満月。
床掃除や夕飯作りをして、お風呂にはいったら、じんましんがさかんにでてきた。
なかなかおさまらない。

あやねとくまさんの展覧会のオープニングパーティに、ずいぶん遅刻して着く。
たくさんの、知った顔。
わたし、ちょっと緊張している。パーティにはよく行くけれど、ほんとうは緊張しているのだ、いつでも。

こころをしずかにおちつけて、あやねとくまさんの作品をみる。
わたしのあの朗読がくっついている作品をみる。
あやねとくまさんのすごいところ、すきなところは、
大掛かりなことをしないで、ちいさいところから、
とてもおおきくふかく、心にひろがる世界をつくりだしてくところだ。

ひさびさに、青山さんに会う。
わたしの個展の撮影をしてもらったのが春だったから、もう半年ぶりだ。
あいかわらず、髪を無造作にのばして、ひっそりしているのに目立っている。
「青山さん、こんにちは」
「ピー子、ひさしぶり。」
「お元気ですか?」
「うん、元気。・・・・実は、ピー子に話すことがあって。」
あ、きたな と思って、わたしは両足をそろえて立った。

「実は、夏に引っ越しをして、それで結婚したんです」
「それは、おめでとうございます」
ひそやかにあたまをさげあうわたしたち。
淡々と話す青山さんに、奥さんの年齢をきいたらすこし赤くなった。

その後何やかや、青山さんの新居のことやら、
そのほかちょっと興味深い提案もあり。
「では、ちょっとほかの人にも、(結婚の)報告をしてきます」とゆるりゆるりと歩いてく青山さんを
「いってらっしゃい」と見送ると、すぐにギャラリーの閉まる時間がやってきた。

このところわたしは外向きにうごきまわることがおおくて少しつかれていたので、
「僕、せなあかんことあるし、今日は早く帰るわ」というねこさんに便乗して、タクシーに乗せてもらった。
ねこさんも、もうすぐ新居へ引っ越すのだ。

河原町から電車に乗る。
ワインを飲んで酔っぱらっているふうのねこさんは、
「昨日は何やっけ、オバハン4人でご飯行ったん?あ、オバハンとちゃうか、中年って言うとったっけ。」などと言う。
わたし 「そう。社長とカオリちゃんは高校が一緒やったんやね。
     美術系の高校生ってやっぱり朝から『朝デッサン』とかするらしいね、すごいね」
ねこさん「美術系とちごても、僕も朝から油絵とか、描いとったで」
わたし 「ねこさん高校のとき、どんな絵描いてたん?」
ねこさん「うーん、好きやったんは、松本竣介。あと、フランシス・ベーコンも好きやった」
わたし 「あ、フランシス・ベーコンは好きやったな。でもその2人、ぜんぜんちがうな」
ねこさん「ええねん、そんなん。せやけど、松本竣介は回顧展、やらへんな。
     佐伯祐三とかは、しょっちゅうあんのにな」
わたし 「そこの佐伯祐三と松本竣介のちがいって何なんかな」
ねこさん「うー、ピストルズとポップ・グループのちがい、みたいなもんちゃうか。」
わたし 「ふーん。なんか、よくわからんが、うまいたとえのような気がする」
ねこさん「松本竣介はいい。だいたい、名前がええやん、松本竣介て」

ねこさんは、「寝ていい?」と言いおわるかおわらぬかのうちに、寝てしまった。
わたしは横でずっと、田辺聖子を読んでいた。
途中でねこさんは一瞬目をさまして、「本、読んだはる。」と言って、また、寝た。
梅田についてもまだ眠っていたので、「つきましたよ。」と起こした。
酔ってはるなあ と思いながら、わかれた。

11月10日

仕事のおわりがけに、カオリちゃんが事務所にあそびにやってきた。
偶然、ゆかちゃんからもメールがきた。
社長とカオリちゃんとわたしとで、ゆかちゃんの展覧会場へむかう。
そこでみんなでご飯をたべようということになったのだった。

ヨーロッパのカフェ風のそのお店にたどりついたとき、
外からガラス越しに、ゆめみたいなテーブルセッティングが照らされているのがみえた。
そろりと入ってみると、セピアいろの照明のなかに、
雪がつもったみたいな白い粉砂糖をかぶったちいさなお菓子が2段になった菓子台のうえにシックにかわいらしく陳列されている、とか、
しろい紫陽花がお菓子の間にさりげなくかざられている、
とかいうような、
世界がくりひろげられていたのだった。

「ブライダルの撮影用に作ってセッティングしたのよー」
「ブライダルパーティにいかがー?」
という、オーナーのちよさんとスタッフのふみちゃん。
「ブライダル、パーティ。。。」
「無いな。」
とわたしたち。

ワインをのみ、キッシュやスープや、煮込みとともに、パンをいただき、
ほんのり赤くなったカオリちゃんをながめながら、おしゃべりをする。
よくかんがえると、この4人で会って食事をするのははじめてだったが、
月に1回ぐらいこういうことをやっていたような気がするぐらいの雰囲気だった。
社長もわたしもほんとうに腹ぺこだったのだが、
おしゃべりとおいしい食事でとても満ちたりて、帰った。

11月9日

社長があたらしくたちあげたブランドの内見会が、いよいよはじまった。
わたしはインターネット上での広報的な役割をするということになり、
会場で社長とうちあわせ。
社長は朝目眩がして、しばらく会場でやすんでいたそうだった。
なかなか倒れないひとほど、からだのなかにたまっているような気がして、心配だ。

それでも、打ち合わせのときには社長はいつものあかるく元気な社長で、
ついつい私もいつもと同じようにふるまってしまう。

夜は、かかわっているメンバー全員でうちあげに。
谷口氏と赤松氏のおふたりはきょうもまた、弥次喜多コンビらしく、ちょっとしたことをけなしあうのである。
相手になにか、けなすポイントをみつけたときの、真剣に嬉しそうな感じが、
第三者からみると、たまらなくおかしい。

帰り道、社長が最近見た夢をはなしてくれた。
いつぞやの、「置屋の夢のシリーズ」だ。
社長はその、「江戸時代の、置屋のような、風呂屋のような」場所の夢をたびたびみるそうで、
みるたびにちがう登場人物としてそこにいるのだそうだ。
今回はなんだか切ない恋愛ものの話だった。

11月8日

つかれ気味で、やたらに眠った。
午後おそくに目覚める。
洗濯やかたづけ、家族の夕飯の準備などをしていると、すぐに夕方がきてしまう。
夕方がくるいうのはつまり、学校へいく時間がくるということだった。

今日は、部分縫いのうち、表地にファスナーをつける工程。
先週の裏地にくらべると、表地というのはずいぶんと安心感のある素材だ。

学校でやることにぎゅっと集中するのは、わたしにとってとてもよい。
しかし、その行き来の電車のなかで最近わたしが集中している事がほかにもあって、
それは、田辺聖子の小説を読むことだ。

ついこのあいだまでは、いったいなにがおもしろいのかまるでわからなかった。
関西弁でしゃべくる男女、惚れたはれたのくりかえし、
それのどこがいいんだか、さっぱりだった。
なのに今はその魅力にとりつかれている。
関西弁にしか出せない、微妙で繊細な感情のニュアンスだとか、
ふるく由緒ただしい関西人なら眉をひそめる、「粉もん」にたいする飽くなきこだわり、だとか。

わたしは自分自身が関西人であることにもあまりなじめないと思うことがおおいし、
とくに「粉もん」が好きだというわけでもないけれど。

40歳前後の人間の、もやっとした部分や、それだからこそみつけられる、きらっとしたもの、
きらっとみえて拾ったたものがじつは見当違いのものだったことを知る苦さ、とか、

そういうところを美味しい味に料理して描いてくれてあるような、
そこにはまっているんだろうとおもう。

11月7日

貧血ぎみで、社長にはやくかえるようにいわれる。
はやくきりあげて、かえった。

11月6日

国立国際美術館で、あやねと、くまさんと待ち合わせ。
ふたりのつぎの展覧会の作品の映像につける音を録音したいのでてつだってくれないか、
という話で、
おもしろそうなので、ふたつ返事でのったのだ。
午後からこの美術館で、ふたりのトークショーがあるので、
それまでに、この場所で録音をしてしまおう、ということだった。

あらわれたふたりは、ふたりだけ。
いつもならいっしょにいる、娘のるいちゃんの姿がない。
「もう、今日は実家に預けててね。」というあやね。
あやねとくまさんとわたしの3人だけでいると、時間が巻き戻ったみたいな調子になってきた。

手渡されたのは童話の本のコピーで、それを朗読するのがわたしの今日のしごとだった。
「欲深狐」という、しらない物語だった。紙の束はわりにずっしりとしている。

「長いから、間違えんと読むのは難しいし、間違ったら、適当に少し手前にもどって、読みなおしてくれたらいいから。」
「あと、ページをめくるときは、紙をめくる音が入らない様に、めくる前で読むのを一旦切って、完全にページをめくり終わってからつづきを読んでほしいねん」
と、読む前にすこし気をつけるべきことを伝えてくれるあやねとくまさん。
くまさんはレコーダーをわたしのすぐ横へおき、一度テストをしたあとで、
好きなタイミングで自由にはじめてくれたらよいといって、はなれたところへいって座った。
あやねはわたしのちかくで、もとの童話の本をひらいて、わたしが読み間違えにきづかなかったときのためにチェックをしていることになった。

わたしはとても緊張してきて、手がつめたくなり、のども閉まってきたような気がした。
よみまちがえたとき、すこし手前にもどるのを忘れないでいられるだろうか、
ページをめくるときのことに気をつけながら、ページのめくりかたとじぶんの朗読との両方に注意をしながら、読むということができるだろうか、
緊張で声がふるえたり変になったりしないだろうか、
こんなに長いお話を読む間、緊張に耐えきれるだろうか、
そんなことが不安になってきた。

こういう不安は、けれど、少しなつかしいものでもあった。

しかし、わたしの心配をよそに、わたし自身は、
緊張はしつつも、わたしが思っていたよりもスムーズにそれらの仕事をこなしていった。
読んでいる間、つねにふたりのわたしがそこにいて、
じぶんの声の調子をききながら、声の抑揚を「まあそのぐらい」と、
目で文字をチェックし、「次はあそこへとびますよ」と、
ページをめくる手前では「この文章で一旦とめて」と教えてくれる、
そういった感じ。
そのような精神状態をつくることも、ひさびさのことで、なかなかおもしろかった。

想定していたよりもはやく録音がおわったので、
3人でのんびりとランチをたべにいき、
その後はまた控え室にもどって、
トークショーのもうひとりのゲストである原谷くんと、
担当学芸員の中田さんとともにおしゃべり。
トークショー本番がはじまると、わたしだけは客席に座って、4人のはなしをきいた。
さっきまでいっしょにおしゃべりしていたともだちが、壇の上にあがってしゃべっているのをこちら側からじっときくというの、不思議な感じ。


かえりみち、「新品の、サイズのおおきいコンバースがあるねんけど、要らん?」というあやねとくまさん。
「え、コンバース、ちょうど、あたらしいのを買おうかなって思ってたとこだったん。」とわたし。
きょうの朗読のお駄賃にもらえることになった。
こういうぴったりなかんじ、ほんとにうれしい。

11月5日

昼3時に出勤し、ひたすら印刷をする。

お得意先さんのいつものおなじみのお二人、谷口氏と赤松氏もやってくる。
おふたりが揃うとどうにも、弥次さん喜多さんの珍道中を目の当たりにしている気分になるようなやりとりが展開される。
関西の商売人の性なのだろうか??
そういうわけで、人生のずいぶん先輩にあたるかたがたなのだが、
こころのなかでひそかにこのおふたりを弥次喜多コンビとよんでいるのだった。
しかしそんなおふたりの気質のおかげで、とてもほぐれた気分で一緒にお仕事ができるというのも、ほんと。

社長と龍くんと終電にすべりこんだのはよいが、
わたしは降りるべき駅をのりすごしてしまい、
いつもとちがう路線に乗り換えて帰ろうとしたら、
そこでもまたホームをまちがえて電車に乗ってしまった。
家から離れた駅で降り、
知らない道を歩いた。
ひとけはなく、車道に申し訳程度についている、暗くさびれた感じの歩道を歩く。
ああ、道の選択を失敗した とおもう。
すぐ横を通り過ぎて行くのはバンばかり。
もしもここで車にのせられてしまったら、かえってこれないかもしれないな と
いやな想像ばかりして、早足になるのだけれど、
家までの距離がわからないから、走ってしまうわけにもいかず。
体はそうとうおびえていたらしく、足の力がぬけそうになってきた。
そのまま、ふかい後悔とおそろしさとともに、
胸をどくどくいわせて、できるかぎりの早足で歩き、
ようやく、知っている景色にたどりついたときというのは、
異世界からワープしてもどってきたかのような気分。
こんなにぞっとしたのは、ひさしぶり。