国立国際美術館で、あやねと、くまさんと待ち合わせ。
ふたりのつぎの展覧会の作品の映像につける音を録音したいのでてつだってくれないか、
という話で、
おもしろそうなので、ふたつ返事でのったのだ。
午後からこの美術館で、ふたりのトークショーがあるので、
それまでに、この場所で録音をしてしまおう、ということだった。
あらわれたふたりは、ふたりだけ。
いつもならいっしょにいる、娘のるいちゃんの姿がない。
「もう、今日は実家に預けててね。」というあやね。
あやねとくまさんとわたしの3人だけでいると、時間が巻き戻ったみたいな調子になってきた。
手渡されたのは童話の本のコピーで、それを朗読するのがわたしの今日のしごとだった。
「欲深狐」という、しらない物語だった。紙の束はわりにずっしりとしている。
「長いから、間違えんと読むのは難しいし、間違ったら、適当に少し手前にもどって、読みなおしてくれたらいいから。」
「あと、ページをめくるときは、紙をめくる音が入らない様に、めくる前で読むのを一旦切って、完全にページをめくり終わってからつづきを読んでほしいねん」
と、読む前にすこし気をつけるべきことを伝えてくれるあやねとくまさん。
くまさんはレコーダーをわたしのすぐ横へおき、一度テストをしたあとで、
好きなタイミングで自由にはじめてくれたらよいといって、はなれたところへいって座った。
あやねはわたしのちかくで、もとの童話の本をひらいて、わたしが読み間違えにきづかなかったときのためにチェックをしていることになった。
わたしはとても緊張してきて、手がつめたくなり、のども閉まってきたような気がした。
よみまちがえたとき、すこし手前にもどるのを忘れないでいられるだろうか、
ページをめくるときのことに気をつけながら、ページのめくりかたとじぶんの朗読との両方に注意をしながら、読むということができるだろうか、
緊張で声がふるえたり変になったりしないだろうか、
こんなに長いお話を読む間、緊張に耐えきれるだろうか、
そんなことが不安になってきた。
こういう不安は、けれど、少しなつかしいものでもあった。
しかし、わたしの心配をよそに、わたし自身は、
緊張はしつつも、わたしが思っていたよりもスムーズにそれらの仕事をこなしていった。
読んでいる間、つねにふたりのわたしがそこにいて、
じぶんの声の調子をききながら、声の抑揚を「まあそのぐらい」と、
目で文字をチェックし、「次はあそこへとびますよ」と、
ページをめくる手前では「この文章で一旦とめて」と教えてくれる、
そういった感じ。
そのような精神状態をつくることも、ひさびさのことで、なかなかおもしろかった。
想定していたよりもはやく録音がおわったので、
3人でのんびりとランチをたべにいき、
その後はまた控え室にもどって、
トークショーのもうひとりのゲストである原谷くんと、
担当学芸員の中田さんとともにおしゃべり。
トークショー本番がはじまると、わたしだけは客席に座って、4人のはなしをきいた。
さっきまでいっしょにおしゃべりしていたともだちが、壇の上にあがってしゃべっているのをこちら側からじっときくというの、不思議な感じ。
かえりみち、「新品の、サイズのおおきいコンバースがあるねんけど、要らん?」というあやねとくまさん。
「え、コンバース、ちょうど、あたらしいのを買おうかなって思ってたとこだったん。」とわたし。
きょうの朗読のお駄賃にもらえることになった。
こういうぴったりなかんじ、ほんとにうれしい。