2012年2月25日土曜日

1月9日

西宮北口の駅構内を通るのは、震災の直後以来だ。
高校を卒業するまでは毎日乗っていた、この路線。
北といわれれば山を登れば良いのだし、
南といわれれば海へ降りれば良いのだった。
山から海へむかう風にふかれて、白い土ぼこりのつく、黒い革靴。

大学生になって京都へ移り住んだとき、
風が吹かないのがものすごく気持ち悪い と思ったことを思い出す。

坂道を少しのぼって、それからしばらく斜めにくだって、
段差の高い階段を随分と昇ってからやっと、インターホンを押した。

息が切れ、膝に手をついて、呆然とあまりにひらけた景色をみていたら、
ガラス張りの1階へと階段を降りてきたねこさんが、ガラスの扉にかかっている鍵を開ける一部始終がみえる。
「あけまして おめでとうございます」と息をきらしたまま挨拶する。

この、あたらしいふしぎな家を、おそるおそるみせてもらう。
南側は、はるか下方へと、神戸の海が見渡せる。
北側はきりたった雑木林だ。
ひとしきりながめて、「はあ。。。すごいなあ。。。」としか言えないわたし。

「なんか、するって言ってへんかった?」
「うん、持ってきた。やっていい?」
「ええよ」
わたしは四角いテーブルに持ってきたものをどんどん並べていく。
いろいろな色の石と、銀のはりがねと、ペンチが3種類。
それから、石をいれる、三角のちいさい皿。
四角いテーブルいっぱいを占領してしまった。

どこからか黒い四角いエフェクターのケースがでてきて、もうひとつのテーブルがわりになる。
年末年始の話をしながらアップルパイを食べ、お茶をのむ。

その後わたしはアクセサリー作り。ピアスを一組。
ピンクの石と、緑の石をくみあわせる。
ピアスができあがり、つぎはネックレスにとりかかる。
ねこさんは、音楽をかけたり、引っ越しの荷物をかたづけたりしている。
もくもくと作っていたら、すっかり日が暮れていて、
ねこさんが、「暗いやろ」と、あちこちのライトをつけてくれた。

ふと目をあげたら、ちょうどわたしの座っていたところから、真っ正面のガラス越しに、丸いオレンジ色のひかりがみえる。
「あれ、月かな、ライトのうつりこみかな、どっちかな」
「あれは、月やな」
えらく大きな、満月だった。

ネックレスの続きにとりかかっていたら、
流れている音楽にあわせてなんとなく動いていたねこさんの足が、
すうっとうごかなくなった。
眠っていると知ってちょっとびっくりしたけど、気にせずネックレスをつくった。

完成したころ、ねこさんが、夕飯をつくろうかという。
冷蔵庫の中にあるもので、パスタ。
「えっと、何をどうしたらいいんかな。段取り考えるわ」というねこさん。
ねこさんという人は、段取りをかんがえるのがうまい。
いつでもなんでも、段取りというものをかんがえているように、みえる。

どこをどうてつだったらいいのか、よくわからなかったけど、
大根をすりおろしたり、いためるのをてつだったり。

パスタは2種類できて、どちらもおいしかった。


「おとといから1週間、休暇やねん、半年に一回」
「ああ。。。まえの休暇は、7月の終わりだったもんね、もう半年か」
「ようおぼえてるな」
「だってあのとき、レイさんのことがあって、ねこさんに電話かけて。
平日の昼間だったから、てっきり仕事中だと思ったら、寝てた。」
「せやったな。あのとき、電話で何をいわれてるんか、全然わからんかったんは、
寝てたからやったんか、そうじゃなかったんか。。」
「あの日は、誰に電話しても、みんな、何をいわれてるんかわからんという反応だった」
「でも、ようおぼえてんなあ。僕、なんでこんなすぐ、なんでも忘れるんやろ。。」

「そのほうがいいよ。いろんなことおぼえてるとしんどいから、日記書いたりするんだよ」
と言ったら、ねこさんはちょっと笑っていた。

「今年は、良い年になるといいねえ」
「うん。」

テーブルにならべた石をながめる。
とくに理由もなく、ねこさんに「4つえらんで。」と言うと、
ねこさんは、赤い珊瑚と、ラブラドライトと、アマゾナイトと、両剣水晶をえらんだ。
えらびかたが、とてもはやかった。
4種類の石たちをならべて、「きれい。」といいながら、
これは何か、知っている色合いだなという気がしたが、さして気にとめなかった。

夜がふけて、ガラスの家をでた。

帰りの電車の中で、ふっと思い出す。
ねこさんがえらんだあの4種類の石の色は、
お正月にみた夢の中で、わたしが描いていた油絵の色あいとおなじなのだった。
描いていたのは、両剣水晶みたいなかたちの、クリスタルの絵だった。
何か知ってる、とおもったのはそういうわけか、と納得した。