高校を卒業するまでは毎日乗っていた、この路線。
北といわれれば山を登れば良いのだし、
南といわれれば海へ降りれば良いのだった。
山から海へむかう風にふかれて、白い土ぼこりのつく、黒い革靴。
大学生になって京都へ移り住んだとき、
風が吹かないのがものすごく気持ち悪い と思ったことを思い出す。
坂道を少しのぼって、それからしばらく斜めにくだって、
段差の高い階段を随分と昇ってからやっと、インターホンを押した。
息が切れ、膝に手をついて、呆然とあまりにひらけた景色をみていたら、
ガラス張りの1階へと階段を降りてきたねこさんが、ガラスの扉にかかっている鍵を開ける一部始終がみえる。
「あけまして おめでとうございます」と息をきらしたまま挨拶する。
この、あたらしいふしぎな家を、おそるおそるみせてもらう。
南側は、はるか下方へと、神戸の海が見渡せる。
北側はきりたった雑木林だ。
ひとしきりながめて、「はあ。。。すごいなあ。。。」としか言えないわたし。
「なんか、するって言ってへんかった?」
「うん、持ってきた。やっていい?」
「ええよ」
わたしは四角いテーブルに持ってきたものをどんどん並べていく。
いろいろな色の石と、銀のはりがねと、ペンチが3種類。
それから、石をいれる、三角のちいさい皿。
四角いテーブルいっぱいを占領してしまった。
どこからか黒い四角いエフェクターのケースがでてきて、もうひとつのテーブルがわりになる。
年末年始の話をしながらアップルパイを食べ、お茶をのむ。
その後わたしはアクセサリー作り。ピアスを一組。
ピンクの石と、緑の石をくみあわせる。
ピアスができあがり、つぎはネックレスにとりかかる。
ねこさんは、音楽をかけたり、引っ越しの荷物をかたづけたりしている。
もくもくと作っていたら、すっかり日が暮れていて、
ねこさんが、「暗いやろ」と、あちこちのライトをつけてくれた。
ふと目をあげたら、ちょうどわたしの座っていたところから、真っ正面のガラス越しに、丸いオレンジ色のひかりがみえる。
「あれ、月かな、ライトのうつりこみかな、どっちかな」
「あれは、月やな」
えらく大きな、満月だった。
ネックレスの続きにとりかかっていたら、
流れている音楽にあわせてなんとなく動いていたねこさんの足が、
すうっとうごかなくなった。
眠っていると知ってちょっとびっくりしたけど、気にせずネックレスをつくった。
完成したころ、ねこさんが、夕飯をつくろうかという。
冷蔵庫の中にあるもので、パスタ。
「えっと、何をどうしたらいいんかな。段取り考えるわ」というねこさん。
ねこさんという人は、段取りをかんがえるのがうまい。
いつでもなんでも、段取りというものをかんがえているように、みえる。
どこをどうてつだったらいいのか、よくわからなかったけど、
大根をすりおろしたり、いためるのをてつだったり。
パスタは2種類できて、どちらもおいしかった。
「おとといから1週間、休暇やねん、半年に一回」
「ああ。。。まえの休暇は、7月の終わりだったもんね、もう半年か」
「ようおぼえてるな」
「だってあのとき、レイさんのことがあって、ねこさんに電話かけて。
平日の昼間だったから、てっきり仕事中だと思ったら、寝てた。」
「せやったな。あのとき、電話で何をいわれてるんか、全然わからんかったんは、
寝てたからやったんか、そうじゃなかったんか。。」
「あの日は、誰に電話しても、みんな、何をいわれてるんかわからんという反応だった」
「でも、ようおぼえてんなあ。僕、なんでこんなすぐ、なんでも忘れるんやろ。。」
「そのほうがいいよ。いろんなことおぼえてるとしんどいから、日記書いたりするんだよ」
と言ったら、ねこさんはちょっと笑っていた。
「今年は、良い年になるといいねえ」
「うん。」
テーブルにならべた石をながめる。
とくに理由もなく、ねこさんに「4つえらんで。」と言うと、
ねこさんは、赤い珊瑚と、ラブラドライトと、アマゾナイトと、両剣水晶をえらんだ。
えらびかたが、とてもはやかった。
4種類の石たちをならべて、「きれい。」といいながら、
これは何か、知っている色合いだなという気がしたが、さして気にとめなかった。
夜がふけて、ガラスの家をでた。
帰りの電車の中で、ふっと思い出す。
ねこさんがえらんだあの4種類の石の色は、
お正月にみた夢の中で、わたしが描いていた油絵の色あいとおなじなのだった。
描いていたのは、両剣水晶みたいなかたちの、クリスタルの絵だった。
何か知ってる、とおもったのはそういうわけか、と納得した。